太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

ほぼ日手帳の転記作業で「時の扉」をくぐる機会に置いていく事物、持ち込む事物を仕分けする

今週のお題「2014年のお別れ」〈2014年をふりかえる 3〉

 1年間使ってきた「ほぼ日手帳」も2015年版に交換する時期が近付いてきた。手帳本体を交換する時に必要になるのがメモページ以降のページの転記作業である。日常的なメモには別冊ノートを利用しているので、限られた本体ページに書いておくことは意識しておきたい目標や、もしもの時のための重要情報である事が多い。

 システム手帳だと、この手の情報を「転記」しなくても良いのだけど、綴り式の手帳では必要になってくる。面倒と言えば面倒だが、転記する時に行われる仕分け作業は楽しいし、意味がある。書いた時点では重要だと思っていた事が現時点では意味をなさなくなっていたり、状況が変わったものもある。そんな物事と「お別れ」するのである。本来的には「適宜見直し」が正しいけれど、トリガーがなければできない事もある。

今年に置いていくもの、来年に持ち込むものを仕分けする

 今年に置いていくもの、来年に持ち込むものを意識するというのは去年にもしていた。

 例えば「来年に持ち込めるもの」とは既に継続して続けているものであり、初手から相応の蓄積があるものです。これまでは全くあたらしい事を始めてみる場合も多かったのですが、今の仕事や趣味やブログについての「保守」という部分についても向き合う必要があるとも感じています。

 来年に持ち込んだところで、あまり良い影響がなさそうなものは「今年」に置いていきます。丁度そういう事をするのにキリがよいのかもしれません。本や映画についても「今年に置いていく=処分する」ことを考えるべきなのでしょう。自身の残り時間は着実に少なくなっています。次の年に持ち込むべき量は徐々に少なくなっていかないとおかしいのです。

 直感的な話ではあるのだけど、ぼくの人生はおそらく「折り返し地点」を超えてしまったと思う。体力の問題を考えたら精力的に活動できる期間はもっと短いだろう。だから、もう一生かかっても割り切れない事物に拘泥しても仕方がないし、時の扉をくぐるたびに身軽になっていく必要があるのだと思う。

お別れしたいものと、お別れしたくないものを意識する

 もちろん、置いていったものを継続していれば芽が出たのかもしれないし、可能性を完全に断つ必要もない。だけど「それでも持ち込みたい事物」や「置いていきたいのに持ち込まざるをえなかった事物」を意識する事が重要であろう。この仕分けは衝動的に決める事ではなくて、そのためにこの1年間で何をしてきたか、次の1年間でどうするつもりなのかのチェックポイントになる。

 僕はいい加減な性格なのだけど、「これは次の扉に持ち込む」「これは次の扉をくぐらせない」と決めたものについては、それなりに達成してきたように思う。新しい何かを獲得する事については、外部要因の比重が大きくなるので「運の問題」にも左右されがちだが、継続と破棄については外部要因の変化に対する先手を取りやすいので、自身の意識によってコントロールできる可能性が高い。

暫定的な計画決定

2035年の世界

2035年の世界

 ところで、高城剛によれば2050年の世界では遺伝子情報を元に病気の発症を未然に防ぐ「オミックス医療」によって、「ダイナミックヘルス」が実現され、QOL低下を最小限にしながら150歳まで生きる事が可能になるのではないかという。

 これはもちろん、超楽観的な未来予測だ。だけどモバイル機器の発展などについては、10年前に楽観的に考えていた以上に進んだように思う。超長期計画の遂行をしていくとして、それこそ寿命が150歳になったら身軽になりすぎたと後悔してしまう。計画は計画であくまで「暫定的な決定」であり、科学技術の発展なども加味して1年に1回はライフプランを練り直す必要があるのだろう。

 来年は良くも悪くも「変化の年」になる予感がするのだけど、扉を前にして何を考えているのだろうか。2035年の自分への贈り物を決めていきたい。

目標達成ナビゲーターが教える 結果を出すまで続けられる人のしくみ (アスカビジネス)

目標達成ナビゲーターが教える 結果を出すまで続けられる人のしくみ (アスカビジネス)